第一節 ヨハネ黙示録概説 6

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第一 「今あること」 (一章四節—三章二十二節) 2

(1) 七つの教会に書を贈る理由 (一章四節ー二十節)
(2) 七つの教会に贈られし書簡 (二章一節―三章二十二節)

⁋次にこの部分の第二小区分には、前項に述べられた七つの教会に対する書簡が、極めて特徴的表現を以て記されている。これらの書簡をみると、類似のものは一つもなく、一つ一つが極めて個性的性格においてその教会を描写している。しかして各或る点においては賞讃せられ、或る点においては譴責(けんせき)せられている。このうちサルデスの教会には賞讃せられる点はないが、ただその中の「衣を汚さぬ者数名」が賞讃せられているし(三章四節)、またラオデキヤの教会には賞讃せられるべき何ものもなく、

「われ汝の行為を知る、 なんじは冷(ひや)かにもあらず、熱きにもあらず、我は寧(むし)ろ汝が冷かならんか、熱からんかを願う。かく熱きにもあらず、冷かにもあらず、ただぬるき(微温)が故に、我なんじを我が口より吐き出さん」

といわれている(三章十五―十六節)。
⁋これら七教会に対して共通な言が一つある。それは「勝を得る者には」という約束の言である。然しそれに対する報賞の言は各自異っている。茲に譴責せられる点・賞讃せられる点が、各異っていることに由り、更にその報賞の異っていることによって、これら七教会のそれぞれの特徴が示されている。
⁋この七つの教会に対する書簡の記述において、一つの極めて注意すべきことがみられる。それは教会の主なるキリストが、「七つの教会なる七つの燈台の間に」立ち給うことである (一章十二節以下)。書簡においては凡てキリストは見えざる主として描かれ、且つ証せられている。啻(た)だ使徒行伝において、石殺されるステパノの限に「天開けて人の子の、神の右に立ち給う」御姿が見えたと云われているのみである(七章五ー六節)。然るにこの黙示録のこの部分においては、このキリストが教会の間に現実に立ち給うことが見られたのである。しかして更に注意せらるべきことは、その御姿が「審判者」の御姿であり、その手には「死と陰府との鍵を」 もち給うということである (一章十八節)。

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第三章 預言書>第一節 ヨハネ黙示録概説 6 終わり、次は第一節 ヨハネ黙示録概説 7

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