第二章 第二十節 ユダ書概説 1

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⁋ユダ書は新約書の第二区分なる書簡群の最後に置かれ、黙示録に先き立つ、全体二十五節からなる小書簡である。本書を書き贈った人は

「イエス・キリストの僕にしてヤコブの兄弟なるユダ」

と記され、またその受け取り手は「召されたる者」あるいは「守らるる者」となっており、その形からいっても公同書簡としての性格を示している。この本書自身が述べている「イエス・キリストの僕にしてヤコブの兄弟なるユダ」とは、何人であるかが、先ず本書に関する第一の問題である。いったいユダとは、ユダヤ人の間においては、極めてありふれた名であって、新約聖書においても、最初十二使徒中に入れられていたイスカリオテのユダ(マルコ伝三章十九節)・ヤコブの子または兄弟ユダ(ルカ伝六章十六節)・十二使徒中のタッダイならんといわれているイスカリオテならざるユダ(ヨハネ伝十四章二十二節)・偽メシヤ・ユダ(使徒行伝五章三十七節)・母教会からアンテオケへの使者となったユダ(同十五章二十二節)及びイエスの兄弟のユダ(マルコ伝六章三節)等があった。これらの中で「ヤコブの兄弟」たり得るユダとは、十二使徒中のイスカリオテならざるユダと、十二使徒中にないイエスの兄弟ユダとである。然るに本書中に筆者は「汝らは我らの主イエス・キリストの使徒たちの預(あらか)じめ云いし言(ことば)を憶(おぼ)えよ」と記して(十七節)、自己が使徒でないことを示している。従って本書の筆者たるユダとは、イエスの兄弟たる「ヤコブの兄弟」ユダとなる。本書はかく「自称せし」人によって記されたものであることは確実である。
⁋次に本書に関する重要な問題は、本書とペテロ後書との関係である。何らの先入見なくこれら両書を読む時両書が用語・文章において共通せるものを、非常に多くもっていることに気ずかせられる。今ユダ書を「ユ」とし、ペテロ後書を「ぺ」として、共通なるものを挙げると 次の如くである。ユ四節・ペ二章一ー三節/ユ六節・ぺ同四節/ユ七節・ぺ同六節/ユ八節・ぺ同十節/ユ九節・ぺ同十一節/ユ十節・ぺ同十二節/ユ十一節・ぺ同十五節/ユ十二節・ぺ同十三節/ユ十二ー十三節・べ同十七節/ユ十六節・べ同十八節/ユ十七節・ペ三章二節/ユ十八節・ぺ同三節等である(James Moffatt: An Introduction to The Literature of The NT, 3. ed., 1927, pp. 348 ff.)。この問題は旧約聖書にも、エレミヤ書(四十九章七ー二十二節) とオバデヤ書との関係においてみられる(本叢書・渡辺 善太著「旧約聖書各巻概説」 三〇二頁参照)。

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第二章 教会書>第二十節 ユダ書概説 1 終わり、次は第二十節 ユダ書概説 2

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