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第二 行為に依る人格の統御2(三章ー五章)
(2) 行為統御の秘訣 (三章十三節―五章)
⁋この部分は行為統御の秘訣として次の二項をあげている。第一は神的知慧であり(三章十三節—十八節)、第二は二者選一である(四章ー五章)。
(a) 神的知恵 (三章十三節—十八節)
⁋常に人間を支配し易いものは苦きと妬(ねたみ)と党派心とである(三章十四節)。
「斯かる知恵は上より下るにあらず、地に属し・情慾に属し・悪鬼に属するもの」
である。地に属する人間にとり、如何にこれらの性格が避け難いものであろうか。従ってこの三者に捕われ易い人間を統御するものは、上からの知恵・神からの知恵でなければならない。
「上よりの知恵は第一に潔よく、次に平和・寛容・温順また憐憫と善き果とに満ち、人を偏り視ず、虚偽なきもの」
である(同十七節以下)。
(b)二者選一 (四章ー五章)
⁋先に、人格的矛盾の極致は「讃美と呪詛と同じ口より出ず」る事であると述べたが、この部分にはその根源が遡って分析されている。即ち
「汝等のうちの戦争は何処よりか、分争は何処よりか、汝らの肢体のうちに戦う慾より来るにあらずや」
と記し(四章一節)、この人間の「我執」の解決なくして、行為の統制は絶対に望み得ないことを明かにする。「我執」の統御のなされない人間は「世の友となる」者であり、「世の友となるは神に敵する」ことである。従って人格の確立としての行為の統制は、世の友となるか、神に属くかの二者選一である。これが
「神に近ずけ、さらば神なんじらに近ずき給わん。罪人よ、手を浄めよ・二心の者よ・心を潔くせよ」
と命じられる所以である(四章八節以下)。然らば二者選一とは二心を去るという事、神と富とに兼ね事うることは絶対不可能なるを自覚することである。本書が屢々富める人を批判眼を以て視ている原因はここに視られる。富める者とはマンモン (黄金神)に事える者であり、 二心の者である。 故に本書は
「聴け、富める者よ、汝らの上に来らんとする艱難(なやみ)のために泣き叫べ。汝らの財は朽ち、汝らの衣はむしばみ、汝らの金銀は錆びたり。この錆、なんじらに対いて証をなし、かつ火のごとく汝らの肉を蝕わん……視よ、汝等が、その畑を刈り入れたる労働人に払わざりし値は叫び、その刈りし者の呼声は万軍の主の耳に入れり」
とその来るべき審判を述べている。
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