第二章 第四節 コリント後書概説14

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第三 使徒パウロの権威行使 (十章ー十三章十節) 4

⁋故にパウロのコリント教会に対する最後の勧めは

「なんぢら信仰に居るや否や、自ら試み、 自ら験(ため)しみよ。汝等みずから知らざらんや、若し棄てらるる者ならずは、イエス・キリストの汝らの中に在す事を」

という反省えの訴である(十三章五節)。吾人凡ての唯一の「然り」なる キリストが、我が中に在すか否かは、単に使徒的確信の根拠であるのみならず、凡ての教会の肢(えだ)たる者の確信の根拠であるべきであり、この「キリストにおける然り」に基いてのみ、コリント教会の「然り」もあるべきである。故にパウロは本書の始に

「されど我らは汝らの信仰を掌 (つかさ)どる者にあらず、汝らの喜悦を助くる者なり、汝らは信仰によりて立てばなり」

と述べたが(一章二十四節)、その態度が、この「汝等自ら知らざらんや」という言にも貫かれている。
⁋以上を結論的に要約すると次の如くなる。使徒パウロにおける「キリストの凱旋」こそ、「確信と謙虚」の矛盾的在り方を創造するものであり、しかしてこれに実存的緊張を与えるものは、「恩恵における均衡 (バランス)」という横への顧慮である。
⁋之をすこしく本書の構造に従って述べれば、第一項の役者パウロの確信はいわば垂直的であるが、第二項においての「恩恵における均衡」が横への関心として之に水平的幅を与える。その両項によって生れるのが、第三項の「確信と謙虚」という緊張的在り方である。然もこの逆理的確信はただ「我におけるキリストの凱旋」としてのみ生起する。 以上が「確信・均衡・ 権威」という三段階的深化において示された本書の理念である。

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第二章 教会書>第四節 コリント後書概説 14 終わり、次は第五節 ガラテヤ書概説 1

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