第一章 第二節 マルコ伝概説12

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第二 権能者イエスの制約 (六章一節ー八章二十六節)4

⁋この我執に閉じ込められている人間は、外的奇跡を示されても、必ずしも神国的なるものに対して、その感じが鋭くなるとはいわれない。イエスが五千人と四千人とを養い給うた、二回の大奇跡の後、舟中でパンを携えることを忘れた弟子たちに、

「何ぞパン無き故ならんと語り合うか、未だ知らぬか、汝らの心なお鈍きか、目ありて見ぬか、耳ありて聴かぬか。又なんじら思いでぬか?」

と戒めの言を語り給うた(八章十七ー十八節)。この戒めの言は、マタイ伝に記されているが、そこには簡単に「未だ悟らぬか」とのみいわれている(十六章九節)、然るにこのマルコ伝においては、前掲の如く、繰り返えして、弟子らの鈍なることが指摘せられている。ここに「我執」が、人間の神国的なるものに対する感覚をも、「鈍らして」いることが 指摘せられている。
⁋本書が「手なえたる人」が医された時、民の指導者の精神状態を、他の共観福音書に用いられていない表現を以て、

「イエスその心の頑固(かたくな)なるを憂いて、 怒り見廻して」

と記し(三章五節)、特に人心の「かたくな」という点を指摘しているのはこれが為である。本書中にはこの種の指摘的表現が多く見出される(原語は同一ではないが、三章五節・六章五十二節・八章十七節・十章五節・十六章十四節)。

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