第二章 第五節 雅歌概説4

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第五幕  八章五ー十四節

⁋此處ではシユラミの女は誘惑に対して最後的に勝利を得て、愛人の手に倚りつつ、その故郷に帰ってくる。その故郷では羊飼の友だち等が相集って、

「おのれの愛する者に倚りかかりて荒野より上り来たる者は誰ぞや」

と(八章五節上半)、此の愛人二人の來るのを眺めている。此處に雅歌の中心が歌われている。

「われを汝の心におきて印(おしで)のごとくし、なんぢの腕におきて印(おしで)のごとくせよ、其は愛は強くして死のごとく、嫉妬は堅くして陰府にひとし、その焰(ほのお)は火のほのぼのごとし、いともはげしき焰なり、愛は大水も消すことあたはず、洪水も漏らすことあたはず。人その家の一切の物をことごとく與へて愛に換へんとするとも尚いやしめらるべし」

と云う言がそれで (八章六ー七節)、 茲に愛の本質が描かれ、 雅歌の主人公の誘惑に対する勝利が、此の本質認識によることが示されている。
⁋此の雅歌という書物は、聖書解釈者をして、彼の解釈なるものに就て、学的に反省させないではおかない書物である。他の書物の場合には、多少ごまかしがきくが、此の書物の場合にはそれがきかない。というのは此の書物の解釈に対して、彼の前には二つの全く異つた解釈の途が與えられていて、その混同を許さないからである。
⁋雅歌の第一の解釈は、之をその元來の性格に隨って解釈する途である。前述せし處をもう一度繰り返定すが、本書中には神に就ても信仰に就て一言も語られず、否・宗教的と呼ばれ得る何もの記されていない。実に本書が記しているのは、男女両性間の愛の歌であり、その愛する者の肉体讃美の歌である。隨つて近代に於ては本書はスリヤ地方の農民の間にみられる純粋の恋歌の断片が ー結婚式に当つて新郎と新婦とを讃めるー集成せられたものと觀られて來た。若し解釈者が本書を此の性格に陥って解釈するとすれば、それは何等反対せらるべき理由はなく、学的に当然筋の通った解釈である。啻(た)だ然し此の場合一つの点を明白にしておかなければならない。それは若し彼が此の解釈の立場に徹底するとすれば、彼自身はもはや「聖書解釈者」ではなくなり、また彼の解釈対象は「聖書」ではなくなるという一事である。換言すれば此の場合の彼は「イスラエル宗教古文献解釈者」となるのであり、彼の解響対象は「イスラエル宗教古文献」となるというのである。
⁋然し若し彼が雅歌を何處まで「聖書中の一書」として解釈するとすれば、第二の途即ち雅歌という書物を旧約正典中に編入した結集者の意圖に隨って、之を如何なる意味かに於て、信仰との関係をもつ書物として解釈しなければならない。本書を「信仰との関係をもつ書物」として解釈するという事は、決して容易なことではない。今後新たに此の問題が考えられなければならないし、また新しいその意味の解釈法が見出されるかも知れない。然し今日此の意味に於て最も正しい解釈と思われるものは、之をエホバとイスラエルとの間の――基督と教會との間の――愛の交わりの書とする解釈である。此の解釈は本書を旧約正典中に編入する事に対して、非常な努力を拂ったユダヤ・ ラビ・アキバ Aqiba が(紀元九十五年頃)、主張した解釈である。本書に述べられているのも此の解釈に他ならない。 本書の著者は、雅歌の此の二つの解釈のうち、何れが正しく何れが正しくないと決定しているのではない。啻(た)だ此の二つの解釈を混同してはならないと、学的に主張するのである。本書を聖書中の一書として解釈すると云う立場を探りながら、然も之を純粋の恋歌の集成として解釈すると云うような、誤謬の訂正せらるべきを主張するわけである。故に若し此の意味に於て、本書を恋歌として解釈するとすれば、その解釈者は本書を旧約正典中から除くべきであり、隨って彼は旧約正典を正典として肯定しないと云う立場を探るべきである。此の点に関して元同志社大学神学部教授カーブ博士は、「雅歌が神聖なる文献の編纂中に位置を獲得した事は、適(ふさ)はしからざる事のように思はれる。否・之も亦伝道書の如く、何かの誤謬に由って経典(正典)の一つに数へられるに至ったものと考へられよう」と云っているが(旧約文学概論・三九七頁)、之こそ実に極めて正しく第一の立場を徹底させた態度である。
然らば此の二つの解釈の立場は、如何に学的に權利づけ且つ位置づけられたらよいであろうか。 それは次の如く云えると思う。第一の解釈は「聖書は如何にして出來たか」と云う問に対する答となるものであり、第二の解釈は「聖書とは何であるか」と云う問に対する答となるものである。本書を学ぶ者は此の両者を混同することのないように充分に注意しなくてはならない。

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舊約聖書概説>第五節 雅歌概説4、終わり、次は第六節 哀歌概説1

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