第二章 第一節ヨブ記概説 1

ホーム渡辺・岡村著書舊約聖書概説>第二章>第一節ヨブ記概説

1/3
⁋旧約聖書の中央部は、「文学書」の置かれている場所である。その最初に置かれているのがヨブ記である。ヨブ記は基督教会とユダヤ教会以外の世界に於てる、非常に愛読せられる書物である。それは聖書中の他の書物が多くは特殊の問題を取り扱っているのに、本書が世界的にして且つ普遍的な問題を取り扱っているからである。勿論聖書中の他の書物が「人間の罪悪」という主題を取り扱っているということに於ては、それは世界的でありまた普遍的であるという事が出来る。然し「罪悪」と云う時、それが世界的にして普遍的であるということは、人間が凡て之を認める時に於てのみ受取られる事であって、然らざる限り、それは世界的でもなければ普遍的でもない。處が「苦痛」 となると、世界的にして且つ普遍的であるというだけでなく、人間が不断にその內に置かれ、常住(じょうじゅう)それからの救を希(ねが)っていることである。その意味に於て人間の絶えざる関心は此の問題にあるという事が出来る。ヨブ記は此の「苦痛の問題」を、その主題としている書物である。否・此の問題を主題としていながら、之に解決なき事を教えている書物である。否・苦痛に解決なき事を断定しながら、然もそこに解決のある事を教えている書物である。 解決のない處に解決を教えるということは、凡そ解決に勝る解決の根源を示すという事を意味する。若(も)しヨブ記の示す苦痛の解決が「一つの解決」であるとすれば、それがどれほど高く深いものであろうとも、それはより高くより深きものによって置換せられる時が必ず来る。然し、ヨブ記の与える「根源的解決」は、それが根源的であり、解決ならざる解決である為、ヨブ記が書かれて以来約二千五百年間、之を置き換えるものは未だ出なかった。而(そう)してヨブ記の示す此の解決ならざる解決を受け容れざる限り、苦痛の解決は絶対に見出されず、苦痛よりの救拯(すくい)は絕対に与えられない事が、此の二千五百年間に証明せられ来たのである。

ーーーー

舊約聖書概説>第一節ヨブ記概説1、終わり、次は第一節ヨブ記概説2

ホーム渡辺・岡村著書舊約聖書概説>第二章>第一節ヨブ記概説

 

コメントを残す

WordPress.com で次のようなサイトをデザイン
始めてみよう